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◆ ニンテンドーDSのあれこれ

開発コードは「Nitro」(ニトロ)。そのことから本体ならびに関連製品の品番には「NTR」が付けられている。当初「DS」はあくまで仮称とされていたが、後に正式名称となる。
任天堂が用いている正式名称は「ニンテンドーDS」ならびに「DS」である。当初、一部ゲームユーザーの間で「NDS」と略されることがあったが、現在は「DS」が主となっています。

発売時のイメージキャラクターには宇多田ヒカル(Utada)を起用した。2005年春頃までCMやカタログなどのプロモーションに出演した(他、クラブニンテンドー会員限定『テトリスDS』対戦イベントに出場)。

2005年10月12日に、非商用ソフトが動作するように改造されたニンテンドーDS上でメモリエリアを書き換えて再起動できないようにしてしまうトロイの木馬が発見された。このトロイの木馬は、トロイを含んだROMイメージをPC経由でフラッシュカートリッジに書き込み、DS上で実行した場合にのみ起こるものであり、通常の利用方法を守れば影響を受けることは無い。

任天堂のゲーム機は非常に頑丈なことで知られており、本機も例外ではない。ニール・ミューラーはエベレスト山頂に持っていった電子機器の内、3つのMP3プレイヤーとパソコン、CBラジオは壊れたが、ニンテンドーDSは壊れなかったと報告した。またルー・マイヤーズ達は4人でスカイダイビングをしながらワイヤレス対戦を行い、成功したと報告した。

2006年3月2日には、上位モデルのニンテンドーDS Liteが発売された。一回り小型軽量化が図られ、バックライトも4段階に輝度調整可能となった。性能や動作するソフトは従来のDSと変わらない。ゲームボーイアドバンスにおけるゲームボーイアドバンスSPのような物だと解釈すればよいだろう。

ニンテンドーDSはゲームボーイアドバンス(以下GBA)の「後継機」ではなく、ニンテンドーゲームキューブ、GBAに次ぐ、任天堂の第3の柱をうたい、全く一から開発されたゲーム機である。だがDSが爆発的に普及し、DSの後に発売されたゲームボーイミクロの売上も伸びず、任天堂を含む多くのメーカーはDSに注力する結果となった。2006年のE3において「GBAの後継機(新型GB)はしばらく無い」との発表があった。そして2006年11月30日発売の『ファイナルファンタジーVIアドバンス』をもって、GBAの新作ソフトは終了となった。結果DSは、実質「新型GB」「GBAの後継機」のような格好となり、海外販売においてもGBAからDSへユーザーをシフトさせることを明確にしている。末期のGBA用ソフトの店頭POP等では、DSでも使用可能であることが表記されていたり、CMなどでも(『MOTHER3』『リズム天国』等)、DSで遊んでいるシーンが入り、DSでも遊べることを強調していました。